エグモントネットワーク文献
デンマークにおける特別支援教育制度
掲載:2009年9月8日 エグモント・ホイスコーレン教員 片岡 豊
はじめに
1. 地方行政改革について
2. デンマークの保育と義務教育
3. 全寮制フリースクール、「エフタ・スコーレ」
4. 教育心理相談のチーム
5. STU - 「特別に用意された青年教育」
6. 成人教育と特別支援教育
はじめに
デンマークにおける特別支援教育は、2007年1月1日付の地方行政改革によって医療・福祉・教育の分野で大きな変更があり、まだ整備されていない状況にある。また重度障害児を対象とした特別支援教育の分野でも大幅な変更があり、現場の人間はおおいに戸惑っているのが現状である。
ここで、あえてデンマークの特別支援教育の特徴をあげるとすると、第1に、地域の公立小中学校で補助的な支援教育として幅広く提供されていること。(注1)第2に、教育心理相談というチームが中心的な役割を果たしていること。第3には、成人を対象とした特別支援教育が整備されていること、などにあるように思われる。
本稿では、デンマークの幅広い特別支援教育の概要を、地方行政改革の結果と一般的な教育制度にそって紹介することにする。
1.デンマークにおける地方行政改革について
2007年に大きな地方行政改革があった。それまで15のアムト(都道府県に相当する行政区)と273のコムーネ(市町村に相当する)だったのが、廃県と市合併で、5の地方区(Region)と98のコムーネに整理された。
この地方行政改革の大きな目的は、高度医療に対応できる医療の集中管理化と福祉・特別支援教育などの公的サービスの地域分散にあるといえる。
地方行政改革は、現保守派政権によって2年間という短い期間で遂行された。政府から地方行政改革案が国会提出されてから3ヶ月の公の審問・聴聞期間を経て施行された。超スピードによる強行な行政改革と言える。
この地方行政改革によりアムト(都道府県)が廃止され、地方区(Region)と呼ばれる行政区の下に、公的医療サービスの管理を移管された。この地方区は、従来のアムトのように、普通選挙により選出される地方区議会が設けられているが、独自の税収入がなくなり、国からの交付金を管理する機関となった。その故に中央政府とは政治的に一線を引いた地方行政機関という性格は薄くなったといえる。
特別支援教育の管轄機関
教育分野をみると、一方では、それまでアムト(都道府県)が管理していた高等学校教育(普通高等学校、職業専門学校など)は、そのまま地方区(レギオン)に移管され、他方、生涯教育などの成人教育は、コムーネ(市町村)に移管されることになった。
さらに、重度な心身障害、発達障害、感覚障害、難病の子どもたちの特別支援教育と、成人障害者の特別支援教育は、改革以前はアムト(都道府県)の管轄であったが、改革以降は他の特別支援教育と同様に、コムーネに移管することが可能になった。
とはいえ、アムトが運営していた養護学校(聾唖、視覚障害、重度発達障害、重度知的障害、言語障害分野)は、人口2-3万人程度のコムーネに移管することは難しく、地方区に引き継ぐところが多い。
2.デンマークの保育と義務教育
ここで、デンマークの保育と義務教育、および義務教育における特別支援教育の制度について簡単に、その概要を見ておきたいと思う。
(1)乳幼児の保育
乳児から5・6歳児までの保育は、地方自治体によって異なった年齢構成の保育を提供している。典型的なのは、3歳児までの乳幼児は保育園ないしは市が認定する無資格の保母が家庭で保育する。
3歳児から5歳児までは保育園。ただし、幼児から10歳児くらいまでの学童児も一緒に保育する「統合保育」と呼ばれる保育園も多くある。
さらに、小学校入学前の1年間は、学校に併設されている「幼稚園クラス」というところで、義務教育を受ける準備を目的とした保育が提供されている。
女性の就労率が8割近くあるデンマークでは、入学前および低学年の子どもの保育のニーズは高く、8割以上の子どもが保育園や幼稚園クラスに通っている。
障害児の保育については、重度の障害児も含めて、大半が通常の保育園で統合保育を行っている。一部、最重度の障害児については、少人数制の養護保育園が設置されているところもある。その場合、通常の保育園に隣接・併設される場合が多い。 デンマークでは、義務教育から大学まで教育費は無料だが、乳幼児の保育は有料である。学童保育も同様に有料である。親負担額は、保育運営経費の3分の1が目安となっているが、請求額は自治体によって大きく異なっている。
機能障害児の保育は、公的な支援金があり、経済的負担は軽減されている。
(2)義務教育 義務教育は9年間で、市営の公立小中学校の他に私立学校も数多くある。
日本の中学校3年生に相当する9年生のあと、義務教育を終えて進学する前にさらに1年間、10年生として通学することができる。約半数が10年生として学習し、残りの約半数が高校、職業専門学校などに進学する。一部には、進学せずに就職するものもいる。
(3)義務教育の特別支援教育
日本とデンマークにおける特別支援教育の規定が異なるため、特別支援教育を受けている障害児の障害の内容や度合いが異なり、両国の特別支援教育を直接比較するのが難しいが、あえて両国の統計数字を比較してみると次のとおりになる。(注2)
日本:
小中学校の児童生徒数:約1100万人 (2002度)
特別支援教育を受けている児童生徒数:約16万5千人 (全児童数の1.48%)
内訳:
盲・聾・養護学校 5万1千人 (0.45 %)
特殊学級 8万2千人 (0.75 %)
通級による指導 3万2千人
デンマーク:
小中学校の児童生徒数:約72万人(2003年度)
アムトの特別支援教育(広範囲な特殊教育)を受けている生徒数: 合計約1万人 (全児童数の1.38%)
内訳:
アムト養護学校 4,500人 (0.6 %)
アムト特殊学級 3,700人 (0.5 %)
個別統合 1,000人
治療・入所施設 710人
コムーネの特別支援教育を受けている児童数: 約7-8万人
(全児童数の10 - 12 %)
内訳:
コムーネの特殊学級 約1万人
その他の補習的支援 6-7万人
上記の統計的比較で目に付くことは、デンマークのコムーネが行っている特別支援教育の数字。全児童の10-12%が、なんらかの特別支援教育を受けている。
この特別支援教育の大半は、読み書きや算数などの学力が十分でない学童を対象に、個別的あるいはグループで週数時間の補習的支援を行っているものである。
3.全寮制フリースクール、「エフタ・スコーレ」
デンマーク独特の学校形態として、全寮制の中学校「エフタ・スコーレ」というのがある。学校法人が運営するフリースクールで、14歳から18歳の学童を対象とし、8年生―11年生レベルの教育を行う。
「エフタ・スコーレ」は長い伝統があり、最初の学校は1851年に設立された。地方の農家の子弟を対象に、当時の小学校教育の延長・補足として設立された。(直訳すると「学校の後」の意)
その後、「エフタ・スコーレ」は全国に広がっていき、現在では約250校(注3)、生徒数は、義務教育卒業者の2割強が、「エフタ・スコーレ」を卒業している。(注4)
「エフタ・スコーレ」は民間の学校法人制度に基づいて運営されているが、運営費の大半は公的な助成金によって収入が確保されている。また、親が負担する学費については、個別的に国や出身自治体からの奨励金制度があり、低所得家庭や障害児などの場合は、家族負担は一般的な家計の育児費程度に抑えられている。(注 5 )
「エフタ・スコーレ」は、法的にはすべての学童を対象とすることと定められているが、実情は、設備不足や特別専門知識を持った教員不在のため、障害児を受け入れできない場合が多い。
他方、特定の機能障害を専門とした特別な「エフタ・スコーレ」もある。
失読症の他、ADHD、聴覚障害、視覚障害、発達障害などの障害児教育を専門とする学校で、全国で40校ちかくあり、これらの学校の生徒数は「エフタ・スコーレ」全生徒数の15%を占めている。(注 6 )
「エフタ・スコーレ」は、思春期の子どもたちが抱える問題に対応することに大きな経験と知識を蓄えており、デンマークにおいて、日本の社会的現象である「登校拒否」の問題が発生しない大きな要因の一つであると思われる。
「エフタ・スコーレ」の成功の原因の一つは、義務教育で求められる読み書きなどの必須科目の他に、生徒の興味や関心をひくように、学校によってそれぞれ特長を持たせた科目を提供していることだ。音楽、スポーツ、海上スポーツ、造形、美術、メディア、農業etc. etc.と、合計200科目以上の選択肢があり、生徒の自主性を尊重しながら個別的な能力と学力を伸ばす努力をしていることにある。なかには数年前から入学申請をする必要があるほど人気があるようだ。
4.教育心理相談のチーム
乳幼児から義務教育を終えるまでの期間、何らかの機能障害のために特別支援教育が必要な場合、そのニーズ評価を行う専門家チームがいる。PPR(教育心理相談)と呼ばれ、各自治体に設けられている。
このチームは、心理士(教育心理士と臨床心理士)、ST(言語療法士)、SW(社会福祉士)、PT、読書カウンセラーなどの専門家から構成されている。
例として人口5万人程度のヴァイル市(Vejle)のPPRチームは、心理士20名、ST15名、その他15名、合計50名から構成されている。
PPRの対象児は、乳幼児から17歳までの学童で、心理士は本人、両親、保育士、教員との面接、評価などを通して、特別支援教育案を作成する。
小中学校における特別支援教育や「特別エフタスコーレ」入学は、PPRの評価と提案にそって、市当局が認可することになる。 なお、コムーネの小中学校で行われている特別支援教育のうち、大半を占める補習的支援は、各学校が独自に行うものであって、PPRの評価と提案に基づいて措置される特別支援教育とは区別されている。
5.STUと青年教育
義務教育後の青少年教育は大きく分けて、高等学校(普通高等学校、商業高校、工業高校)と職業専門学校などがあり、両者を合わせると、義務教育終了後、8割程度が進学する。
重度の失読症や発達障害などのために進学できない17歳以上の若い機能障害者は、これまでは公営のデイサービスを利用したり、あるいは共同作業所で働くという数少ない選択肢しかなかったが、2007年から25歳までにSTUという制度の下に、3年間の青少年教育を受けることができるようになった。
このSTUの特長は、本人の希望にあわせて、全国各地にある機能障害者向けの学校を1つないし複数選び、3年間の教育課程を自由に組み合わせることができることだ。(学費は、他の教育と同様に本人負担はない。生活費は大半が障害者年金ないし、それに相当する公的扶養を支給されている。)
この制度がスタートした2007年当初は、1364人がSTUを利用して青少年教育をうけると予想されていたが、2009年度では1700人の若者が青年教育をスタートしており、予想を上回っている。(注7)
6.成人教育と特別支援教育
(1)専門高等教育と特別支援 専門高等教育は、総合大学、商業大学、工業大学、単科大学(教員、保育士、療法士、看護士、ジャーナリストなどの専門資格養成大学)、専門職業コースなどを含んでいる。
機能障害をもつ者が、これらの専門高等教育機関で学習する場合には、2種類の支援を受けることができる。一つは、「特別教育的支援」と呼ばれ、機能障害に対する補助器具ないし人的介助サービス。もう一つは、就学中の生活費に宛がわれる奨学金で「国の成人教育支援」と呼ばれるもの。
「特別教育的支援」による支援は、各種の補助器具から、パーソナルアシスタント、手話通訳などがあり、入学許可をした教育機関が窓口になってケースバイケースによって、国に必要な「特別教育的支援」を申請する。
「国の成人教育支援」は、在学中の生活費の援助で、週約7万円=3,515 kr (2008年の支給額。失業手当に相当する額)。ただし、学生として通常の学生奨学金を受けられるものは、2重に「国の成人教育支援」を受けることができない。
ちなみに、2008年度は、10,738人が「国の成人教育支援」を受けている。(注8)
(2)生涯教育と成人の特別支援教育 成人教育は、前記の専門高等教育の他に「生涯教育」がある。生涯教育は、専門職業的な資格の取得を目的とせずに、教養科目、語学、自己開発的な教育内容が大方を占めている。
生涯教育事業を行っている団体がいくつかあり、多くの科目を有料で提供している。また障害者を対象とした特別な科目も多くある。 この生涯教育分野で、障害者を対象とした特別支援教育は、主に聴覚障害者を対象とした短期コースが57%を占め、視覚障害者、言語障害者など合計11万3千人ほどが支援を受けている。(注9)
さらにデンマークには、「エフタ・スコーレ」と同様に、成人教育に関しても150年の伝統があるフォルケ・ホイスコーレ(国民高等学校)という寄宿制の学校が全国に80校ある。
18歳以上の成人を対象としており、入学にはなんら資格も要らねば入学試験もない。2-3ヶ月から半年くらいの短期コースが大半であり、週2-3万円の学費(宿泊、食事、授業料などを含む)が自己負担になる。
しかし実際は、エフタ・スコーレと同様に、国からの助成金が運営費の7割を占める。
またエフタ・スコーレと同様に、多くの科目内容を準備しており、多くの若者に人気がある。平均年齢は19-21歳で、同年生の約1割がフォルケ・ホイスコーレを選んでいる。
フォルケホイスコーレンの各自が、それぞれ特色のある授業内容を提供しているが、その中でも、エグモント・ホイスコーレンは、障害者と健常者が一緒に共同生活をしながら学んでいるところに特色がある。
去る8月9日には本年度秋コースがスタートしたばかし。156名の生徒の内訳は、約半数が何らかの機能障害がある若者。その中、30名ほどは2-5人ほどの介助者が必要な重度な障害者。障害の種類はCP,筋ジス、脳損傷、精神疾患、発達障害、知的障害その他、多種多様。
介助するパーソナル・アシスタントは、授業時間帯は障害者と一緒に生徒として授業に参加し、放課後、介助仕事をする。介助するもの、介助を受けるもの、両者とも平均19歳から22歳くらいの年齢層。
さらに、ケニア、ウガンダ、ネパール、ハンガリー、日本からも留学生が来ている。
小生は、このユニークな学校、エグモント・ホイスコーレンで、過去12年間、教員として勤務する機会をえ、これまでに重度の機能障害がある学生を含む多くの日本人留学生と共に学ばさせてもらった。
将来はエグモント・ホイスコーレンでの経験をもとに、OG・OBや仲間たちと一緒に日本にインクルージョンの理念を広めて行きたいと願っている。
片岡 豊
エグモント・ホイスコーレン教員
デンマーク社会研究協会(DSSA)代表
Egmont Hojskolen
Villavej 25, Hou, 8300 Odder, Denmark
Tel. 87817900 Fax 87817979
e-mail: dssa@mail.dk
掲載機関紙
リハビリテーション 2009 8・9号
社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会
注1:
小中学校レベルでの特別支援教育については、2004年に寄稿した記事で取り扱っているので、重複をさけ、一部統計数だけ引用することにする。
デンマークの障害児教育とインクルージョン: 2004年、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行 「リハビリテーション」
注2:
地方行政改革により、2007年1月1日付で廃県となり、アムト(都道府県)の養護学校の大半は地区へ移管したが、アムト管轄下の特殊学校はコムーネ(市町村)に移管されているために、コムーネの特殊学級生徒数が約1万人から1万6500人まで増加していると推測される。
資料:Redegorelse om udviklingen pa specialundervisningsomradet efter kommunalreformen. Undervisningsministeren (Bertel Haarder, 20. Maj 2009)
注3:2003年度 242校
注4:コペンハーゲン首都圏は「エフタ・スコーレ」入学者数が極度に少なく、地方では「エフタ・スコーレ」卒業生が15歳児の過半数を占めるところも多い。
注5:エフタ・スコーレの収入源 (2001年度)
国の助成金 51%
学費 42% (国の奨励金27%、自治体19%を含む)
その他 7%
学費は個人負担の分だが、学費に対しても国と生徒の出身自治体から親の年間所得額などによって奨励金が支払われ、平均すると総収入の70%が公的助成金からなっている。(資料:Tilsynsberetning vedrorende efterskoler for 1999 ? 2002)
注6:エフタ・スコーレ協会のHP
http://www.efterskole.dk/
一般的な「エフタ・スコーレ」 206校
失読症を専門とした「エフタ・スコーレ」 21校
その他の「特別エフタ・スコーレ」 16校
(2003年度)
注7.http://www.undervisere.dk/ObjectShow.aspx?ObjectId=57919
注8: Styrelsen for Statens Uddannelsesstotte
Datakontoret 2009
注9: Styrelsen for Statens Uddannelsesstotte
Datakontoret 2009
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