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デンマークにおける障害者の「自立」の考え方 ー 政治と倫理
掲載:2008年12月24日 エグモント・ホイスコーレン教員 片岡 豊1.政治的背景
本稿では、デンマークにおける障害者の自立支援制度がどのように形成されてきたか、そして自立という概念をデンマーク人がどのように考えているかを紹介したいと思う。
まず過去200年のデンマークの政治史を振り返ると、デンマーク人が抱く自立の観念に深く影響を与えた動きが2つある。農業協同組合運動と労働組合運動である。
A. 農業協同組合運動
1800年代後半に農業国であったデンマークで農業協同組合運動が生まれたことはとても重要な意義を持っている。当時のデンマークは、ビスマルクに率いられたドイツとの戦争に負け、それまでの政治的支配階層は権力的な基盤を失い、国民は国の建て直しの必要性を強く感じていた。
さらに経済基盤であった農業は、新大陸アメリカから安い穀物が大量にヨーロッパに流れ込んできたために厳しい状況にあった。従来の小作制度にもとづいた穀物栽培が困難になり、大農であった貴族や寺院などが農地を手放すことになった。その農地を取得して自作農になった農民は、広い農地を必要としない畜産・酪農生産に切り替えていった。
自作農として自営農家になることは、多くの農民にとって自立ビジョンの実現であった。しかし小規模な自作農が生き残るためには、地域の農民が「協同」することが必要であった。農民たちは、農具や飼料・肥料などを共同で買い付けする消費者協同組合や、酪農製品を作る生産協同組合などの農業協同組合を全国各地に結成することになった。1)
これらの農業協同組合運動は、当時、国民の8割を占めた農民の政治的意識に大きく影響を及ぼすことになった。
農業協同組合運動の中心となった自営農民は、牧師で政治家でもあり教育者でもあったグロンドヴィ(N.F.S.Grundtvig.1783-1872)の思想に共鳴し、農家出身の若者を対象とした成人教育の学校、フォルケホイスイコーレを全国各地に設立し、「生きた言葉」と対話を通して、若者の啓発と教育を広めていった。デンマークの民主主義的伝統は、ここに根ざしていると言えるだろう。
B. 労働組合運動
デンマークの労働組合運動は、時期的には農業協同組合運動とほぼ同じ頃に始まった。1800年代の前半からヨーロッパは社会革命運動が盛んになり、その波が隣国のドイツからデンマークに早い時期から伝わってきた。
暴力的な政治革命を避けるために、1849年に民主的な立憲君主制度を取り入れたが、1850年代以降になると工業化が進み、地方の農民は職を求めて都会に流れて日雇い労働者となり、労働組合運動の基盤が築き上げられていく。
ドイツやフランスの社会主義運動に影響されて、1871年にはデンマーク社会民主党が結成され、労働者の団結と連帯感を強めていくことになった。
しかしながら農業協同組合運動と労働組合運動が、政治的権力と直接、結びつくのは1900年前後からである。まずは市場経済の発展と共に経済力がつきはじめた自営農民は、自分たちの利害を代表するリベラル党「Venstre」(日本の自民党に近い)を通して、1891年に世界的に先立って公的な老齢年金制度を勝ち取った。以前は小作農民であった貧しい高齢者の生活を保障するためだ。しかも半分が国費で賄われることになった。
さらに1929年の世界的経済恐慌に面し、多くの失業者の救済のために、社会民主党が政権を握ることになった。市場経済の破綻に面して、社会民主党は国家介入主義よる経済政策を導入し、戦後の福祉国家形成の道を切り開くことになった。
以降、デンマークの政治は、時計の振り子のように社会民主党の国家介入主義とリベラル党の市場経済主義に基づく自由主義の両端を行き来してきた。両党とも単独では政権につけず、他の少数派政党との連合政府をとっている。そのために政権は不安定で、10年間ほどのインターバルで政権交代が行われてきている。とはいえ、国民の福祉生活に関しては、ある程度の国民的合意が形成されており、政権交代によって福祉政策が大きく変更されることなく、今日に至っている。
2.ノーマライゼーションと福祉政策
第二次世界大戦後、デンマークはノーマライゼーションの考えの下に福祉国家として発展してきた。
1950年代後半から60年代にかけて、「ノーマライゼーションの父」と呼ばれるバンク・ミケルセンさんが、障害者も、一人の市民として地域で生活し、教育をうけ、就労し、結婚生活をする権利を持っていると主張した。
ノーマライゼーションの根本的な考えは、人間は生理的・知的・精神的などで違いはあるが、人間としては平等であり、社会的・政治的にも平等であるべきだという主張に基づいている。2)
この主張によると、障害から生じる特別ニーズに対して社会が特別な援助・支援することによって、健常者と同じ機会と可能性を得ることができ、対等な立場で社会活動に参加することによって社会的統合が実現すると考えられている。
このノーマライゼーションの理念のもとに、「社会福祉改革委員会」が1964年に設置され、「予防・安心・快適性」を目標とした新しい福祉政策案が作成された。1969年ー76年の間に、福祉に関する法律がいくつか制定され、1970年代以降に展開されるデンマークの福祉制度の法的基盤となった。その中でも、1976年に施行された「生活支援法」は総合福祉法であり、特に重要な位置を占めているといえる。
この「生活支援法」に基づいて、1980年には、大規模な入所施設であった、国立の精神薄弱者コロニーや、精神病院などが地方自治体に移管され、多くの障害者・児が、地域に分散されて設けられた小規模の入居施設や通所施設に移ることになった。障害児教育も、養護学校から地域の普通学校に設けられた特殊学級や統合教育へと比重が移っていった。
ところがこの大規模施設型福祉から地域型福祉への変遷に伴って二つの問題が生じてきた。一つは、地域社会で十分に受け入れ準備が出来ていなかったために、障害者が地域に移り住んでも、地域の住民と交流もなければ、余暇時間に楽しめるところや設備が整っていない。しかも地域住民との接触を通して、敗北感や挫折感を感じ、精神的にダメージを受ける障害が多数出てきた。多くの障害者が安心感を求めて元の養護施設や養護学校に戻ることを望むものが続出してきた。
もう一つは、より軽度な障害者が施設を出ていったために、入居施設にはより重度な障害者が残ってしまった。そうなると、障害者同士の関わりと刺激が少なくなり、ケアワーカーへの依存が大きくなり、精神的負担のためにケアワーカーのバーンアウト現象が顕著になってきた。
3.1980年代の新しい傾向
これらの深刻な課題を解決するために、多様な試みが行われることになった。例えば、地域での孤立と疎外から脱皮するために、障害者による文化活動が次々と企画され、障害を持っている人たちのサブカルチャーの形成が求められた。音楽、芸術、演劇などのワークショップや公演が全国各地で企画された。
他方、施設に残った人のQOLの向上を目指した試みも多く行われるようになった。音楽療法、障害者乗馬、水泳療法、スヌーズレンなどの感覚刺激などだ。
障害者福祉のキーワードは、ノーマライゼーションにもとづく分権、脱施設化、地域指向、統合などから、QOLの向上、尊厳性、専門性、個別ケアなどに変わってきた。
同時に、若い身体障害者たちは、個人の自由と自立生活を求めて入居施設から出て、積極的に社会的活動を展開し始めた。デンマークでは、その先頭に立ったのは筋ジストロフィーのクローさんや、彼の仲間たちだ。彼らは親や医師が中心となった既存の施設や障害者組織の考え方に疑問を投げかけ、当事者の独自性と多様性を強調して、新しい障害者運動を展開していった。彼らは多くの賛同者と一緒に屋外コンサートなどの企画を通して啓発活動を展開し、当事者が中心となった組織を発足させ、国の障害者政策に積極的に働きかけていった。そして重度障害者の自立生活を可能にする、デンマーク独自のパーソナル・アシスタント制度を実現させることになった。3)
4.障害者の自立生活を支えるパーソナルアシスタント制度
デンマークのパーソナルアシスタント制度は、1970年代から80年代にかけて人口30万人の地方都市オーフスで始まり、それ故に俗に「オーフス方式」とも呼ばれている。
筋ジストロフィーのクローさんたちの努力により、1987年に「生活支援法」第48条4項として組み込まれ、全国的な制度として立法化された。以後、障害者が地域で自立生活をするために、介助などの面で経済的な負担がでる場合、それを公的機関が補償することになった。こうして重度の身体障害者でも、本人が直接、雇用・解雇するパーソナルアシスタントによる自立支援によって、地域で自立生活を営むことができるようになった。
またデンマークのお隣の国、スウェーデンやノルウェーでも、障害者の自立生活を可能にするパーソナルアシスタントの制度が次第に取り入れられるようになった。
スウェーデンでは、1982年にドイツ生まれのラツカさんがアメリカの自立生活運動に刺激されて、ストックホルムに障害者の会STILを発足させ、1987年に実験的にパーソナルアシスタント制度をはじめた。その経験をもとに、スウェーデンでは1994年にLSS法(支援サービス法)と重度の障害者を対象としたLASS(アシスタント保障法)が施行された。ノルウェーではBPA(利用者運営によるパーソナルアシスタント)という名称で1990年―1992年の間、テストケースが実施され、その成果が認められて2000年に全国的制度になった。
5.北欧諸国のパーソナルアシスタント制度
4)パーソナルアシスタント制度は、時期的にはデンマークで一足早く実現したが、その後、質量とも制度の展開はあまり見られず、スウェーデンやノルウェーで制度の充実化が進められた。特にスウェーデンでは1994年以降、著しい発展を見せることになった。
障害者がパーソナルアシスタント制度を利用するためには、いくつかの条件を満たさなければならない。デンマークではこの制度を利用するためには、特に次の2条件を満たせねばならず、その点がノルウェーとスウェーデンの制度と大きく異なっていた。
①雇用主(=事業主)として経済的な経営管理と人事管理ができるもの。
②教育・就労・ボランティア活動など、何らかの社会的な活動を行っていること。
まず①の条件については、知的障害などで経営管理や人事管理が難しい場合は、雇用主としての業務を果たすことができないと判断され、制度利用の対象からはずされことになる。
さらに②の条件である、教育、就労、ボランティア活動など社会にでて活動する希望がない障害者もこの制度を利用できないことになる。
こうして、デンマークの従来の制度が適用される障害者は、活動的な身体障害者のみに限られ、2008年度現在、この制度を利用している障害者は全国で1200人ほどしかいない。
これに対してノルウェーとスウェーデンでは、このような条件がないために、知的に障害があってもパーソナルアシスタント制度を利用することができる。特にスウェーデンでは、日常生活上の介助ニーズが週20時間以上であると認められれば、パーソナルアシスタント制度を使う「権利」が得られるために、数的にはデンマークの10倍にあたる15000人の障害者が、この制度を利用して自立生活をおくっている。
また、パーソナルアシスタント制度を利用する対象者が、デンマークにおいては24時間ケアを必要とされるような重度障害者が想定されているが、ノルウェーとスウェーデンでは介助ニーズがそれほどなくても制度を利用できる。5)
ところで、気になることは、知的な障害や自己管理が難しい障害者が、はたして自己決定権を重視したパーソナルアシスタント制度を実質的に利用できるのかという点である。
この点に関しては、デンマークではあまり経験のないために、ノルウェーやスウェーデンでの経験を参考にする必要がある。まずノルウェーもスウェーデンも経済的管理や人事採用・解雇などの雇用主/事業主業務は、直接なケアに関する管理業務から切り離されて、アシスタント派遣機関(市、民間団体、当事者組合団体、家族など)に委託できるため、当事者にとって制度が利用しやすくなっている。
さらに具体的なケアに関する意向表示なども困難な場合は、「管理補足人」ないし「サービス保証人」と呼ばれる役割をもった人をつけ、当事者本人の代弁をすることによって本人の意向にあったケアを確保するようになっている。この役は、当事者をよく知っている家族やアシスタントなどが有料報酬で果たしている。
そして、さらにスウェーデンでは市が承認する「GOD MAN」という後見人役がおり、必要があれば、認知症の人やパーソナルアシスタントの利用者の弁護人としてかかわることもできるようになっている。
このように、ノルウェーでもスウェーデンでも、自己管理が困難な人や、知的な障害がある人でもパーソナルアシスタント制度をある程度、安心して利用できるような仕組みを取り入れている。デンマークのパーソナルアシスタント制度も2009年1月1日付で、Borgerstyret
Personlig Assistance (BPA) /市民運営のパーソナルアシスタントと名称が変更になり、ノルウェーやスウェーデンの制度にほぼ匹敵する制度に改正されることになった。今後、デンマークにおいても、パーソナルアシスタント制度の利用者が大幅に増えることが期待されている。しかし、できるだけ多くの障害者が安心して制度を利用できるようになるには、まだまだ多くの課題を抱えていると思われる。
6.自立生活の前提
障害者の自立生活への公的支援は、パーソナルアシスタント制度だけでない。補助器具、送迎サービス、通所施設、障害者向けの住宅提供など多種多様にわたっている。その概要を見ることにしよう。
まず自立支援の前提として、障害のために就労収入によって自己扶養できない場合、経済的に生活を保障する障害者年金制度がある。
パーソナルアシスタント制度に反映されている障害者の自立支援の考え方は、北欧では、ある共通の国民的合意に基づいていると言える。それは、一市民が何らかの理由によって自分で生計を立てることができない場合は、公的部門が生活扶養の義務をもつべきだという社会的連帯の考えだ。
母子家庭、学生、病人、失業者、障害者、高齢者、難民などが、この社会的連帯に基づいて、一定の生活水準を保てるように公的部門から現金支給を受けることが出来る。
例えばデンマークでは、教育費は大学まで無料だが、18歳以上の学生に対しては、さらに生活費としての奨学金が支給される。さらに高齢者年金、失業手当て、疾病手当て、児童手当なども同じような方針に基づいている。
障害者に関しては、機能低下により就労による収入が見込めない場合は、障害者年金で一般市民とほぼ同じ生活水準を保てる収入が保障されている。月約約30万円程度の年金額が支給される。6)
もう一つは、自立生活支援として、日本の障害者自立支援法に含まれている部分だ。自助具、福祉機器、送迎・同行サービス、住宅改良、障害児・者教育、リハビリ、余暇活動など、障害者が自立して地域で生活する上で必要なものは、公的援助として、ほぼ個人負担なしでサービスを受けることができる。ホームヘルプなどの在宅ケアやパーソナルヘルプなどの介助も、この公的援助のしくみの中に含まれている。
これらの自立支援サービスを受けて自立生活をしているケースを紹介する。
重度の脳性まひのミケエルさんは、学校教員として働いており、4人のパーソナルヘルパーと2人の週末専任ヘルパーを雇用して一人でアパート生活をしている。介助者の人件費だけで年間約1600万円程度の額が支給されている。その他、家賃援助、電動車椅子などの補助器具の支給、リフト付自動車、休暇旅行援助、就労に伴う秘書アシスタント人件費など総計すると相当な額になる公的援助が支給されている。
このようにデンマークでは、障害者が経済的に不安なく生活できるように公的福祉サービスが整っている。他の北欧諸国も同様である。障害者が一市民として社会で自立生活を送るために、民間企業・財団が設立した助成基金や、労働組合の共済活動や市民団体のボランティア活動に依存する必要がない。
ところが、日本では障害者の自立生活が議論される場合、まず取り上げられるのが、障害者の就労についてだ。日本では、自立生活とは本人の就労収入による経済的自立として理解される場合が多い。デンマークでは、自立と就労の関係はどのように考えられているのだろうか。そのことに触れる前に、まずはデンマークにおける、障害者の就労政策と就労状況を見ることにしよう。
7.デンマークにおけるインクルーシブな就労政策
7)デンマークの障害者の就労政策は、日本・ドイツ・フランスなどの国々のように障害者の割当雇用制度を取り入れておらず、いろいろな公的援助を通して、雇用主と障害者の両者の動機付けによる就労促進政策が基本となっているといえる。
デンマークにおける障害者の就労状況は、1994年以降、新しい展開をみせている。当時の社会民主党の社会福祉大臣は、障害者の就労を促進するインクルーシブな労働市場を開発するために、公的機関と民間企業の連携とパートナーシップを強調し、「企業の社会的責任」を前面に打ち出したキャンペーンを繰り広げた。そして、このキャンペーンを機会に、労働市場のインクルージョンを具体化するための政策が次々と打ち出されていった。その中でも1998年に施行された「積極的な社会政策に関する法」、2001年の「就労障害者にたいする補償に関する法」そして2003年の「積極的な雇用対策に関する法」の3つの法が中心的な位置を占めることになる。
70年代以降、デンマークの福祉制度を支えてきた総合福祉法である「生活支援法」(1974/76年)は、社会的・経済的な変化に応じて、大幅な整理・改正の必要性が出てきた。比較的、短期間の作業の結果、1998年に「社会サービス法」、「積極的な社会政策に関する法」、「権利安全に関する法」の3つの法律が施行され、それまでの「生活支援法」にとって替わった。
これらの新しい福祉法で注目されるべき点の一つは、障害者政策が新しい障害者概念に基づいて考えられていることである。それによると、障害者は「機能低下した者」と規定され、社会生活環境との相関性によって「ハンディキャップ」となると理解されている。つまり障害は個人の心身的な固有な属性とされる医学的・生理学的な概念ではなく、物理的・社会的障壁のために、一般市民として社会生活活動に参加することに制限が生じ、社会的不利な立場になっている者と理解される。
この障害者概念に基づいて、デンマークの障害者政策は、社会生活参加への「機会均等」の促進、「機能低下」にたいする「補償」、そして公的機関が社会生活全般にわたって施策を義務付けする「部門責任」の3本立て政策を取り入れることになった。
まず「機会均等」の方針に基づき、「機能低下者」が一般市民として社会活動や労働市場などに参加できるような政策を促進すること。
次に機能低下のために個人的に経済的負担がでないように「機能の低下」に対して公的部門が補償をする。
そして3つ目に多角的なアプローチによるインクルージョンの具体化を促進するために、社会省、労働・建築省、交通省、教育省、文化省、保健省などの政府機関の諸官庁に、障害者対策に関して各自対策および財政的な「責任」を持たせる「部門責任」を一貫させる。
デンマークの障害者就労促進政策も、この3本立て基本政策に沿って行われている。その詳細を紹介する前に、まず障害者の就労状況について説明したいと思う。
8.障害者の就労状況
デンマークの障害者の就労状況を、伝統的な「労働能力」の観点から見てみよう。多くの国と同様に、デンマークでも障害者年金を給付する判定基準は、労働能力との関係で規定されている。つまり障害者年金は、労働能力が低下した者に支給される公的な現金給付という位置づけになっている。
その障害年金受給者は、人口の5%にあたる25万人程度。さらに公的な賃金援助を受けている「特別雇用」あるいは「保護雇用」の障害者は、約4万人。また障害者を対象とした特別な失業手当受給者が約1万人。合わせて約30万人が、就労との関係で現れてくる障害者数となる。この障害者数は、人口の約6%で、人口比率で比較する限り、日本の障害者手帳所持者の数にほぼ相当すると考えられる。
OECDは2003年の障害者の就労に関する報告で、社会的な生活活動の関連性から規定される「機能の低下」と、労働能力から規定される「労働障害」は異なった概念であり、障害者は、必ずしも「労働不能者」と同義であるとは限らないことを指摘している。
そこで、次に社会的な生活活動の関連性からみた「社会的モデル」の障害者概念から、デンマークの障害者の就労状況をみることにする。
デンマークの国立「社会調査研究所」が2004年に発表した調査報告によると、16歳から64歳までの人口を対象とした調査で、「障害ないし長期的な健康上の問題があると思うと」回答した人が約69万人(対総人口比13%、16歳ー65歳の就労人口比25%)。このように「社会的モデル」にもとづく障害者人口は「労働能力」から割り出された障害者数をはるかに上回ることがわかる。8)
「社会的モデル」における障害者人口のうち、58%の約40万人が就労しており、その内訳は、53%の36万人が常用雇用、残りの5%が公的な援助を受けての特別雇用となっている。
この調査から、一方では公的援助を受けずに就労している障害者が数多くいることが分かるが、他方、健常者の場合は、就労率は82%であり、障害者の就労率と比較すると、まだ大きな格差があることが明確になる。障害者のすべてが、労働市場への参加を望んでいるとは限らず、調査結果では、求職中の障害者の率は、健常者のそれとほぼ同様で、約数パーセントに留まっている。
とは言え、現時点で労働市場からはみ出している障害者の中には、就労可能性があれば、労働市場での雇用就労を希望するであろうという潜在的求職者が多くいることは容易に憶測される。求職中の障害者と共に、障害者の潜在的労働予備軍をいかに労働市場に導くかということが、デンマークにおける障害者の就労政策の大きな課題となっていると言えるだろう。
9.障害者の就労促進政策
障害者の就労促進政策は、主に労働省と社会省が中心となって「機会均等」、「補償」、「部門責任」の基本方針に基づいて、具体的な施策を打ち出している。
障害者の就労促進政策は、具体的には、大きく分けて(1)職業リハビリ訓練と(2)賃金の補助金支給制度があり、後者の補助金制度には2種類があげられる。
(1)最高5年間まで受けられる職業リハビリ訓練。地域にある公立のリハビリ訓練所ないしは、一般企業や公的機関で実習・訓練を受けながら、就労能力の評価が行われる。職業リハビリ訓練中は、リハビリ手当てが支給される。リハビリ手当額は、障害者年金とほぼ同じで、2006年度は月14.452kr。(所得税込み、月約30万円相当)となっている。
(2)2種類の補助金制度
(A)障害者年金受給者で就労を希望する者に、最低賃金の5分の一程度の補助金を雇用主に支給する制度。障害者に支払われる賃金の額は、障害者と雇用主の間で交渉して決められ、障害者は障害者年金と賃金の両方を受け取ることになる。ただし年間収入が合計237.000 kr.(約550万円)を超える場合は、障害者年金の支給額が調整されることになる。さらに年間収入が約650万円を越えると、年金支給がすべて差し止ることになる。(2004年度の数字)
(B) 労賃の3分の2ないし半分を国が負担することによって、障害者が一般企業や公共機関の労働市場で継続して就労することを可能にする「フレクス・ジョブ」と呼ばれる制度。障害者年金受給を受けているものは、この制度は適用されないが、障害者年金の受給を一時据え置きして、利用することはできる。過去5年間で1万人から4万人まで「フレクス・ジョブ」制度の利用者が大幅に増加した。この「フレクス・ジョブ」について、具体的なケースをあげて紹介することにする。
10.ソーレンさんと「フレクス・ジョブ」
ソーレンさんは、脊髄損傷者で現在48歳。16歳のときに水泳プールで事故にあい、肩甲骨の間にある胸椎5番目と6番目で神経が切断され、胸から下が麻痺となった。リハビリを受けたあと、車椅子を利用して生活することになった。9)
ソーレンさんは事故のあと、普通高校を卒業して、大学に進学したが、当時のEC(ヨーロッパ経済共同体)のプロジェクトにかかわることになり、1年半で中途退学。ECのプロジェクトは中途障害者を支援するという内容で、このプロジェクトがきっかけとなって、民間の建築会社に採用されることになった。最初は受付の仕事から始まり、後に機器賃貸課で働くことになった。その会社で通算15年勤務したが、数年前に経営不振で解雇されてしまった。
建築会社では一般雇用条件に基づいた常用雇用だったが、長年の車椅子利用のため身体に無理が利かなくなってきた。そこで、「フレクス・ジョブ」という制度を利用して週18時間から20時間の勤務時間という条件で働ける職場を求めることにした。
この「フレクス・ジョブ」制度は居住地の市自治体が判定評価の責任を持ち、一度、その制度利用が認められると、民間企業、自営業、公的部門に関わらず、どの職場にでも利用できるフレキシブルな制度。しかも職場にではなく、障害者個人に与えられる権利であることに特徴がある。
条件としては、リハビリを終了し、障害者年金を受給していないことなどがあげられる。
「フレクス・ジョブ」によって雇用される場合、賃金と雇用条件は、労働組合と雇用主と雇用者の間で決められるが、賃金額については、助成金の対象となる額が年間395,000 kr.(約800万円)までと制限がある。また助成金は、賃金額の二分の一、ないし三分の二を占め、そして障害者本人にではなく、国から雇用主に支払われることになる。
その他の雇用条件については、ほぼ一般雇用と同等であり、年間6週間の有給休暇のほか、病気のときの疾病手当て法、休職手当て法、労災法などが適用される。
ところで、「フレクス・ジョブ」制度を利用できると認定されても、必ずしもすぐに職が見つかるという保障はない。また、何らかの理由で、再び失業する場合もある。そして次の職が見つかるまで、無職の期間が生じる場合がある。
一般労働者は、失業保険による生活保障があるが、「フレクス・ジョブ」においては、失業保険ではなく、「無職手当て」が支給される。失業保険の8割から9割程度の額で、2006年度は週約5万5千円から6万円程度となっている。この「無職手当て」が受けられる期間には制限がなく、必要な期間だけ受けることができることになっている。
ソーレンさんは、数ヶ月「無職期間」を過ごした後、「フレクス・ジョブ」制度を利用して、学校事務員として働くことになった。
「フレキシブルな勤務条件のために、ニーズにあった時間の使い方が出来るようになった。自分のニーズに応じて出勤時間を遅くしたり、金曜日から週末休日にはいったりすることができる。近頃は、体力がおちたのか、日常生活において、今まで以上に多くのことに時間がかかるようになった。もし「フレクス・ジョブ」制度がなかったら、とっくに障害者年金を受けて生活することに甘んじていただろう。私にとっては、「フレクス」制度によってさらに10年から15年、働き続けることができるようになった」とソーレンさんは語る。
11.ソーレンさんの自立生活
さて、この「フレクス・ジョブ」制度を利用しているソーレンさんは、どのような生活をしているのだろうか。彼は市内中心部にあるアパートで一人生活をしているが、障害のために家事仕事などの援助が必要だ。そのために、パーソナル・ヘルパー制度を利用している。週44時間、3人のヘルパーを雇用している。
自宅から35kmほど離れている職場には障害者向けに改良された自家用車で通っている。デンマークでは自家用車には185%の車両税がかかっていて、日本での市場価格より約3-4倍もするのが、障害者が車を購入するときは、この車両税が免除され、また車両改良やリフト取り付けなどの費用も国が支給してくれる。
ソーレンさんの就労収入は税込み年間500万円ほどで、一般賃金労働者とほぼ同じ程度だが、彼は障害のためにいろいろな出費がある。リハビリ費用、同行介助者の交通費、入場料、食費などの「余分出費」と呼ばれる諸経費だ。その分として、社会サービス法にもとづき「余分出費」の援助がある。ソーレンさんの場合は、月約5万円相当の額が支給されている。
ソーレンさんには、さらに、障害そのものに対する補償として、Invalidydelse (障害手当て)が毎月約5万円弱が支給されている。独身生活している者には、この倍額を申請できるが、ソーレンさんはその分を申請していないという。賃金収入が十分なために、必要性を感じないのか、あるいは時々「居候」している同居者がいるためなのか、プライベートなことなので理由は追求しないでいる。少なくとも、彼にとっては収入の大きさより、自分のニーズに合った生活ができる方が大切なのだろう。
12.障害者の「自立生活」と倫理
デンマークでは、障害者の自立生活に含まれている倫理的な諸問題に大きな関心がもたれている。しかし複雑で難解な問題を含んでいるために、障害者団体もはっきりとした見解を打ち出せないでいるように思われる。
一般に、自立とは、自分の人生は自分の責任の下に自分で選択し、自分で形成すること、と理解されている。自己決定の権利と個人の自由を尊重することが基本的なこととされる。
さらに自立の概念の内容を調べてみると、大きく分けて個人主義的な英米型と共同体主義的なヨーロッパ型の二つに整理することができると思われる。
まず英米型は個々の感覚・感性・悟性・知性を重んじた個人の自由概念につながってくる。個人の自由とは、個人の「幸福」を求めて、自分のニーズや感性に忠実に生きることとされる。さらに知性の展開を重んじて、一人一人が持っている能力を可能な限り発揮させ、自己実現を目指すことが大切とされる。自分の希望や夢を追求し、実現させることは俗に「アメリカン・ドリーム」と呼ばれている。しかし英米型の個人主義は、個人の利益となることだけを追求すればよしとする利己主義的な考えにつながるリスクもある。個人主義と利己主義は裏表にあり、切り離すことが難しい観念だと言えよう。
他方、ヨーロッパ型の自立はどちらかというと共同体とのかかわりで考えられている。対話やコミュニケーションが重視された間主観的な関係規定とも言える。自立は「依存」との関係によって規定されるという見解もある。10)
さらに、ヨーロッパ型の自立は、意義ある活動という社会的価値体系に関連付けされて規定される場合もある。あるいは感性的なものや利己主義的なものを超えた理性的かつ倫理的な「自律」として理解される場合もある。カント的な義務倫理がその代表的な考え方だ。これはともすると、自分自身のことや身近な家族のことを考慮せず、すべてを投げ捨てて宗教的な慈愛・救済活動のようなものに没入するという極端な行動に繋がる場合もある。没共同体主義とでも言えようか。
それでは、デンマークでは障害者の自立をどのように捉えているのだろうか。もちろん、多くの立場と見解があり、一概にはこうだと言うのは難しいが、あえて一つの例として、前に紹介したソーレンさんの見解を聞いてみよう。
ソーレンさんは、「フレクス・ジョブ」の意義についてこう述べている。
「一人の人間として、外に出るということはとても大切。自分に対して要求が掲げられ、時には与えられた課題を解決できないで、批判されることもある。でも、誰かに要求されているということは、自分の価値観の形成につながると思う。また、仕事の一部を担うということは、自分が職場という共同体の一員だという気持ちを持たせてくれる。将来も可能な限り労働市場に出て働くことを望んでいる。」
彼は、事故で車椅子利用の生活を送ることになったが、自分の判断で自分の歩む道を選び、自分の人生を歩んできた。彼の選んだ仕事は、彼の持っている能力を発揮できる内容のものだ。しかも社会的にも価値のある仕事であり、本人にとっても職場仲間にとっても有意義な活動と理解されている。単に生計を立てるために選ばれた仕事ではない。
仕事外の余暇時間はどうか。彼は人生を楽しんでいるようだ。街中に住んでいて、大好きなコンサートに出かけ、グルメ・レストランで食事を楽しむことが容易にできる。また海岸に近い郊外に小さなサマーハウスを持っており、休暇になるとそこでひと時をすごしている。
そして、さらに大切なことは、彼を取り巻く人々は、彼の人柄を高く評価し、彼のことを「よい同僚」、「よい友人」、「よい雇用主(ユーザー)」と慕い、そして大いに敬意を示している。それはソーレンさんが、「よい人」だからだろう。
デンマークの倫理哲学者、ヨーン・フーステズ(Joergen Husted) によると、現代の西欧社会で「善い人生」を得るためには、自立概念は少なくとも次のような条件を満たさなければならないと言う。11)
(a) 自分の人生は自分の責任の下に自分で選択し、自分で形成すること
(b) 自分の持っている能力を可能な限り展開させること
(c) 社会的価値のある活動を行うこと
(d) 人として成功すること
もちろんデンマークの障害者が、すべてこれらの条件を満たした自立生活を送っているわけではない。しかし少なくとも、ここで紹介したミケルさんやソーレンさんは、自立生活を通して「善い人生」を得ていると思われる。それを可能にしているのは、国民の合意の下に公的支援の制度が整備されているからであろう。
障害者の自立を支援するパーソナルアシスタント制度は、重度の障害者が施設から出て、あるいは親元から離れて、地域で自立生活をする手段である。しかし、この自立生活自体は人生の最終的な目標ではなく、「私」が「善い人生」を勝ち取るための一つの条件に過ぎない。「善い人生」とは何か。善い人生を実現させるためには、どう生きたらよいか。この観点からもう一度、自立問題を考え直して見る必要があるのではないだろうか。
掲載機関紙
外社会保障研究 166号
国立社会保障・人口問題研究所
注:
1)Wikipedia:http://da.wikipedia.org/wiki/Andelsselskab
最初の消費者協同組合は1866年、生産協同組合は1875年に結成された。
2)「ノーマリゼーションとは一言で言えば平等とヒューマニズムの権利というような意味です。」とバンク・ミケルセンさんは簡潔に表現する。
N・バンク・ミケルセン1992「ノーマリゼーションの視点。その一つとしての心身障害者の性生活」片岡豊訳 「デンマークの社会福祉」1992年5月 DSSA発行
3)パーソナルアシスタント制度は、デンマークでは、パーソナルヘルプ制度(通称オーフス方式)と呼ばれている。2009年1月1日からはBPA(市民運営のパーソナルアシスタント)制度に名称が変わる。デンマークのパーソナルヘルプ制度の生成史は、デンマークの筋ジストロフィー基金会長のエーバルド・クローさんの自叙伝の本文および巻末を参照のこと。
エーバルド・クロー 1994「クローさんの愉快な苦労話 - デンマーク式自立生活はこうして誕生した」大熊由紀子監修 片岡豊訳 ぶどう社
4)デンマーク、ノルウェー、スウェーデン3カ国のパーソナルアシスタント制度の比較については、次の資料を参考。
Brugerstyret Personlig Assistance -
Erfraingsindsamling om personlig hj?lp til mennesker med handicap i Norge og
Sverige
Styrelsen for Specialr?dgivning og Social Service/Videncenter for Bev?gelseshandicap/Center
for Social Service, Handicapenheden, 2007
パーソナルアシスタント制度の改正については、懸念される面がまだ多くある。特に知的障害や精神障害などで自己管理が難しい障害者のケアは、これまでは、3年半の専門教育を受けた有資格の保育士/ケアワーカーが行っていたが、新しいパーソナルアシスタント制度においては、無資格のヘルパーが介助することができるようになる。介助の質低下や、権力行使など、多くの問題が含まれていると思われる。
5)統計的に見ると、パーソナルアシスタント制度に基づく平均支援時間は、ノルウェー週40時間、デンマーク週80時間、スウェーデン週100時間となっている。
ただしデンマークとスウェーデンでは、ケアつき住宅や在宅ケアをパーソナルアシスタント制度と併用して利用することはできないが、ノルウェーでは、それが可能のため、パーソナルアシスタントの支援時間数が、統計的には少なくっている。
6)2009年度の公的年金額:http://www.sampension.dk/composite-2119.htm
障害者年金、高齢者年金、奨学金などの現金支給は所得税込みで、勤労者と同様に、支給額から所得税を払うことになる。つまり公的援助を受けている人も、勤労者とおなじように「税負担者」と考えられている。
7)6章ー8章は、拙稿「デンマークにおけるインクルーシブな就労政策」社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行 リハビリテーション 第489号 2006年 若干、修正して使わせてもらった。
8) 参考資料としては以下の資料のほうが新しいが、数字的にはほぼ変更がないので、古い資料の数字をそのまま使っている。
Brian Larsen m.fl. 2008: Handicap og besk?ftigelse i 2006. SFI - DET NATIONALE
FORSKNINGSCENTER FOR VELFARD
9)ソーレンさんは、Egmont Hojskolenの事務員。本文の内容は個人的なインタービューに基づいている。
10)内田樹 :「「自立」を基礎づけるのは、「自立」という個別的な事実を宣言することではなく、「依存」という包括的な関係を意識することなのである。」 http://blog.tatsuru.com/archives/000676.php
11)Joergen Husted 2003: Etikkens begreb om et godt liv / 倫理概念としての「善い人生」(未発行。私有原稿)
Joergen Husted & Poul L?becke 2001. Filosofi H?ndbog. Politikens
その他の主な参考資料:
Funktionshindrade personer - insatser enligt LSS ?r 2004
Statisktik, Socialtj?nst, 2005
Handicap og besk?ftigelse - et forhindrignsl?b?
Socialforskingsinstituttet, 2004
Dansk handicappolitik i et internationalt perspektiv
ー Benchmarkingunders?gelse
Erhvervs- og byggestyrelsen, 2005
Fleksjob
Det centrale handicapr?d
Besk?figelsesministeriet
16. udgave, september 2006
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