ゆたかとエグモント
デンマーク エグモント教員片岡豊によるWEB日記
2007/02
25
ミカエルとオーフス制度 −5
これは自分の人生だ
車はスピードをだして走っている。窓から風景が飛ぶように去っていく。今日の仕事について考えている。会合の準備をし、明日の授業のことについて同僚と打ち合わせをし、そして広報の作業がまっている。
車がとまり、ヘルパーが車からおりる。後ろに回ってリフトを下ろし始めている。その間、私は自力で助手席から電動車椅子に移る。
瞬間、ある考えがふと頭をさえぎった。「彼、こんな面倒なことをする気があるかな?」
でも、これはあまり意味のない質問だということを知っている。ソーレンがする気があるのは、私を介助することだ。それが彼の仕事だからだ。もちろん私の人生の内容が、彼の仕事が何であるかを規定している。でも、私の関心ごとが必ずしも、ヘルパーの関心ごとと一致するわけではない。
私のヘルパーは、教員でも、広報担当スタッフでも、当事者組織の活動家でもない。彼らはヘルパーであり、私がしている仕事によって彼らの仕事が規定されているのではなく、私がどんな介助を必要としているかによって規定されている。
オーフス制度は多くのユーザーの人生にとって、確固たる基盤となっている。それは、ユーザーが日常生活において実用的なことを行えるための基盤を意味している。
ユーザーの中には、興味深いことを一緒に体験することをヘルパーに求める場合がある。でもそれは、時には間違ったことだと思う。ユーザーの日常生活におきる多くの課題、決断、興味深い企画などは、ヘルパーにとっては、仕事上の単なる枠だけだ。ヘルパーの課題は善いヘルパーになることに徹することだ。
ヘルパーの課題はユーザーができない実用的な作業を行うことによって、ユーザーの生活がオプチマルに機能するようにすることだ。私のヘルパーは、私が授業を準備したり、実際に行ったり、あるいは、どうやって当事者の組織活動をするかなど、多くのことについて垣間見ることはできる。でも、それはいつも脇からみる観客としてのみだ。
善いヘルパーとなることには大きな課題が伴っている。日常、他人のニーズに対応することは、他の関連でも応用できる多くの経験をもたらす。長い会合において、言語障害があるユーザーの通訳を立派に果たしたり、指示される前にユーザーの依頼を理解しえたり、美味しい食事をつくったりすることなどは、ヘルパーにとっては職業的な達成感につながるかもしれない。
しかし善いヘルパーとは、職業的な達成感のみではなく、さらに一人の人間としてどうあるべきかということに深く関わっている。
ユーザーにとっては、必要とするヘルプを得ることによって、自分の選ぶ人生を送ることが可能になると同時に、介助をする人にとってもよい職場を提供できることはうれしいことだ。ヘルパーに満足できる職場環境を提供することは、誰にとっても最も重要なことに焦点をあてることになる。それは、私たち一人一人がどのような人生を送るべきか、ということだ。
このことは、ユーザーの立場から見れば、ユーザーの人生がヘルパーによって支援されることにより、ユーザーの人生そのものに焦点が合わされることだ。ユーザーの生活には今日、多くのバリエーションみられる。そのこと自体に、「オーフス制度」の本来の目的が満たされていることが示されている。その目的とは、重度の障害者も自分の前提に基づいた人生をおくることができる、ということだ。
Michael Pedersen 著
mp@egmont-hs.dk
ゆたか訳
* 明日の2月26日はミケエルの40歳の誕生日です!!!昨日の土曜日に、彼の誕生日パーティがあったのですが、残念ながら吹雪のためキャンセルになってしまいました。
メールで一言メッセジーをおくってあげれば喜ぶと思います。
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