ゆたかとエグモント

デンマーク エグモント教員片岡豊によるWEB日記
2006/05
30

自立とは  



オーレ校長が、先日の集まりで、「日本で頻繁に質問されたことは、自分で意志を伝えることが出来ない人をどう支えたらよいか、ということだったと」と報告していました。自己決定、自己選択、自立、ということはどういうことなのか、それが福祉や教育の現場に携わっている人々の関心の的にあるからなんだろう。ぼくも最近、障害者の自立支援制度に関連した「自立」の問題を取り上げた記事を書いたばかし。ここでは、その最後の章を貼り付けることにする。

通常、自立生活とは、どこで、どのように、だれと、そしてどの程度の生活レベルかを自分で決めて生活するかというふうに理解されています。しかし、それを実現するには、少なくとも個人の判断力と選択・決定能力が必要とされます。しかも、このような能力を持っている人は、実際には限られています。当事者に替わって、保護者や後見人が決定する、あるいはプロのケアワーカーや当事者団体が決定するなどという場合、倫理的な問題が出てきます。デンマークでは、重度の障害者の自立生活を可能にするパーソナルアシスタント制度に関して、個人レベルでの自立(自律)とは何かということに大きな関心がもたれています。ユーザーと介助者の関係は、雇用主・介助者の関係であり、個人的レベルでの「権力関係」が成立しています。そこでは、介助者は、雇用主であるユーザーの手・足として、ユーザーに求められたことを行うというのが基本的ですが、しかしながら、どんな人間関係でも同じように、お互いの尊厳性を尊重しあうという基本的な合意がなければ、善い関係が成り立ちません。すべての人が、自分の人生は自分で決定することを尊重するべきだという前提の下では、ユーザーと介助者の間で、利害関係が対立し矛盾がおきることが考えられます。「自立」はユーザーだけの事柄ではなく、支援、介助をするものにも当てはまります。そのような葛藤が起きた場合、どう対応したらよいのでしょうか。
 このように自立の問題は、すべての人に当てはまる倫理的問題として考えられます。つまり、私たち一人一人にとって、すべての人たちにとって、人生の最高の目標とは何か。それは個人の自己決定や自由に基づく「自立生活」や「幸福な生活」や「快適な生活」なのでしょうか。デンマークのパーソナルアシスタント制度は、重度の障害者が施設から出て、地域で自立生活をする手段として作られました。しかし、この自立生活ということ自体にも何か別な人生目標があるのではないでしょうか。つまり、自立生活は、すべての人に関わる「善い人生」を実現するための手段に過ぎないのではないでしょうか。「善い人生」とは何か。善い人生を実現させるためには、どう生きたらよいか。この観点から自立問題を、もう一度考え直して見る必要があるのではないでしょうか。
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