ゆたかとエグモント
デンマーク エグモント教員片岡豊によるWEB日記
2005/12
07
トマスのこと
エグモントには、トマスという生徒がいます。年齢は37歳。一見すると、とても怖いおじさんのように見えます。体ががっしりしていて、いつも頭を前にちょっとさげて、大きな顔と鋭い目で睨むように人を見ます。2歳の頃に小児予防接種の副作用で脳障害になり、精神病的症状、自閉症的症状、知的障害、重度の癲癇発作を持っていて、発語がありません。以前入っていた施設でスタッフに対して、暴力的になったり、あるいはグループホームでソファーに一日中、横になって寝ていたりしていました。その彼が2年前にエグモントにきました。当初は、ちょっと目を離すと、駐車場にある学校のマイクロバスに乗り込んで何時間も座ったままだったり、授業時間になっても教室に入ることを拒んだり、食事のときは、バイキング式に中央のテーブルに並んでいる料理を、手で掴み取って食べたり、講演の最中に、ウーウーと大声でさけんだり、講堂の中を走り回ったり、とにかく異常な行動が目に付きました。彼をエグモントで受け入れるにあたって、職員会でいろいろな議論がされました。彼が、エグモントで得られるものは何か。他の生徒への影響はどうか。学校側としては、どの程度、責任を持って対応できるのか。大半の教員は受け入れを疑問視していました。最後に、校長のオーレは、「エグモントはすべての人を受け入れる学校だ。トマスは、ここで拒否されたらどこに行くところがあるのだ」と声を強めて、職員に彼の受け入れの了解を求めました。彼には全部で5人のヘルパーがつき、日夜交代で支援をすることになりました。
トマスは、厚紙でできた自家製の文字盤でヘルパーとコミュニケートをしています。ただトマスが自主的に手をあげて指で文字盤をさすのではなく、ヘルパーが彼の手をとり、文字盤のところまで誘導します。ファシリテッド・コミュニケーションという方法で、日本では日木流菜君という重度障害児がお母さんと一緒にテレビに出演し話題になったとそうです。なぜ話題になったかと言うと、一つは流菜君が当時11歳だか12歳なのに、素晴らしい内容の本を書いて出版していること。もう一つは、流菜君は、お母さんの手を借りてのみ文字盤で発言することが出来るからです。トマスもほぼ同様です。トマスのお母さんも、文字盤を通して彼の考えを表現させることができます。これまで、いろいろな「科学的調査」がおこわなれ、どの程度、トマスが自分の考えを表現しているのかということが調べられたようですが、実証は出来なかったようです。校長の見解は、母親がトマス自身で表現しているのだと言うことを、あくまでも尊重する態度を取るべきだ、という立場です。
トマスは話し言葉がないために、授業中も課外時間も、他の生徒とコミュニケーションが取れません。彼は気に入った相手や、目新しい人がいると、顔すれすれまで近寄って、相手のあごを片手でギュッと挟んで、ジーとにらめつけます。そんな彼のヘルパーのうち、3人は文字盤でトマスと簡単なコミュニケーションがとれるようになってきました。職員会議の時にあるエピソードの報告がありました。ある生徒が、マイクロフォンを使って意見を述べたところ、トマスがそれに対し、分けの分からない声を上げ、そして文字盤を使って「馬鹿な発言だ」とコメントをしたそうです。職員室に感嘆の声が上がりました。2年間の疑問と懸念はこのエピソードでいっぺんに吹き飛ばされてしまいました。
このトマスは今年の春には、2週間の訪日旅行にも参加しました。4人のヘルパーが同行しました。奄美大島では、多くの島民が非常に熱心に受け入れをしてくれましたが、トマスは彼らのマスコット的存在にもなりました。あと半年、トマスはエグモントに滞在します。彼がエグモントで何を思い、何を考えているか、将来、彼から話を聞くのが楽しみです。
最後に、偶然、ネットで見つけたお話を、無断で掲載します。ネットで流されているお話しなので、読んだことがある人がいるかもしれませんが。でも、トマスの話しと合わせて読むと、いろいろなことを考えさせられのではと思います。
「もし世界が100人の村ならば」
もし 現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を人口100人の村に縮小するとしたらどうなるでしょう。
その村には・・・・
57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます。
52人が女性で
48人が男性です。
70人が有色人種で
30人が白人
70人がキリスト教徒以外の人たちで
30人がキリスト教徒
89人が異性愛者で
11人が同性愛者
6人が全世界の富の59パーセントを所有し、その6人ともがアメリカ国籍
80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません
50人は栄養失調で苦しみ
ひとりが瀕死の状態にあり、ひとりは今、生まれようとしています
ひとり (そう、たったひとり) は大学の教育を受け
そして ひとりだけがコンピューターを所有しています
もしこのように縮小された全体図からわたしたちの世界を見るなら、相手をあるがままに受け容れること、自分と違う人を理解すること、そしてそういう事実を知るための教育がいかに必要かは火を見るより明らかです。(後半省略)
作者不詳 訳 なかのひろみ
http://www.romi-nakano.com/100.html より無断引用"
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