エグモント生徒の日記

北欧デンマークの今。エグモント留学生の現地からのレポートです。
2007/11
08

今日の日本人ライン??11月6日



今日の先生は、
そこでぺタゴーと心理士の資格をもち、
実際にそこで働くある女性職員の方。

ADHDの定義に始まり、
そこで暮らす人たちとの具体的なエピソードを紹介しながら
その障害が、
日々の生活でどのような行動として現れ、
彼らの「暮らしにくさ」となっているのか、
それに対して、どういった対応・関わり方が必要なのか、
ということが話されました。

たとえば、
「洗濯する衣類のカゴがいっぱいになったら、洗濯をしよう」
と、視覚的にも判断しやすく、「具体的」な約束を
ADHDのある生徒としたときのこと。

その後しばらくして、職員がカゴを見ると、
カゴはいっぱい。
それについて、生徒に尋ねると、
彼は、洗濯を忘れていたわけでも、サボっていたわけでもなく、
彼の中での「カゴいっぱい」という認識が、
カゴが満杯になって、倒れるぐらいにまで山積みになったときのこと、
というものだった、
というエピソードもありました。



自分をコントロールすることが難しく、
本人が望んでも、人と同じように行動することが難しく、
それにより、暴力など他傷へと走ってしまうこともある
そこに暮らす彼らは、
「自分を徐々にコントロールできるようにしていくこと」が課題だと、
女性職員の方は話していました。

前回のセメスターで、日本人ラインのときに
北海道浦賀町にある、精神障害者の地域活動拠点「べてるの家」
に関する書籍5冊ほどを
日本人コースの皆でまわし読みしたことがありました。
そこでも、
「当事者研究」、自分で自分のことを観察し、知り、考えることが
一番の薬だと書かれていました。

それらの本を読んだ後、
数人の間で、エグモントでの自分たちの経験を振りかえって、
自分の成長には、まずはやはり「当事者研究」だ、
という意見で一致したのです。

何事もまずは「自分自身」を見つめること。
そして、自分で行動しはじめること。
やはりそれがカギなのかな、
と話を聞き、再び感じていました。




さらに印象的だったことは、
「ADHD」という障害が、
私たちエグモント生たちの中で、
すぐには自分自身と結び付きにくい内容だと、
授業をはじめたすぐの頃、生徒たちの表情を読んで察したのか、
その職員の方は、
突然説明を区切り、エグモントがどういう学校なのかをみんなに尋ねました。


ある生徒は、エグモントへ来てから、
以前よりも自分がオープンになったと話し、
また別の生徒は、
エグモントの簡単な説明の後に、

「自分はヘルパーをやっていて、
この学校へ来て、自分以外の他人を優先して考えることが必要になった」

と話しました。
みんなの表情を見ると、彼女のその言葉に、
自分のことを振り返り、
納得したり、同意している様子でした。
そこで、
職員の方が再び口を開き、

「あなた達の学校では、
自分以外の他人を優先して考えることが必要だと思うようになった
と、今、彼女が言ったけれど、
ここで暮らす人たちは、それが難しいのです」
と、私たちの学校の話から、
ADHDの話へと再び戻しました。

この彼女の授業の展開と、
ここから、少しみんなのまなざしが変わっていったように
感じられたことがとても印象的でした。



明日は、再び日本人ライン。
他のみんなはどのように感じたのか、
ちょっと聞いてみたいと思います。

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